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ほぼ全滅の建物 住民はたくましかった ハイチ援助隊、看護師が報告会(産経新聞)

 「建物はほぼ全滅状態だったが、ハイチの人たちのたくましさを感じた」。死者が20万人を超えたとされるハイチの大地震で、国際協力機構(JICA)を中心とする日本の国際緊急援助隊医療チームに参加した大阪府豊中市の看護師、中井隆陽(たかよ)さん(43)が大阪市内で帰国報告会を開いた。「限られた資材で、すべての人を助けられないジレンマもあった」と活動を振り返り、今後の支援も呼び掛けた。

 中井さんは平成7年の阪神大震災当時、阪大病院に勤務。「どう対応してよいのか皆がわからない状態で治療や看護にあたったことをきっかけに、国際協力の道を志すようになった」という。これまでに青年海外協力隊や、17年のパキスタンでの地震では国際緊急援助隊にも参加。今回は「阪神大震災と重なり、ご縁を感じた」と援助隊に応募した。

 中井さんら25人の援助隊は地震発生3日後の1月16日に日本を出発。首都ポルトープランスの西40キロの町、レオガンに外国人の医療チームとして初めて入り、看護学校で診療活動を始めた。

 余震もたびたびある中、日本から持参したカップラーメンやアルファ米などを食べながら診察にあたった。「看護学校の生徒が自主的に、診療の手伝いや通訳をしてくれ、治療方法を熱心に学んでいた」といい、すぐに手当てが受けられず数日たってから訪れる患者が多く、下痢や脱水症状の子供も治療した。

 また「患者は診察の順番をきちんと並んで待っていた」と報告し、「暴動などが大きく報じられたが、支援に入った町の人たちは比較的落ち着いていた。ハイチの人たちには自分たちで問題を解決していく力があると感じた」と振り返った。

 中井さんらは18日から8日間、のべ534人の患者を現地で診察。自衛隊の緊急医療援助隊に活動を引き継ぎ、29日に帰国した。

 被災地を離れる際、看護学校の教師に「日本が最初に来てくれたことを一生、忘れません」と感謝された。中井さんは「これからもハイチの人たちを見守ってもらいたい」と呼び掛けた。

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